292月

片岡嶋之亟さん①

Author: taizar

   皆さん、こんにちは。今日から数日間は間人でお生まれになった歌舞伎役者・片岡嶋之亟さんの

ご紹介をさせていただきたく思います。嶋之亟さんは十五代目片岡仁左衛門さんの門弟でいらっしゃい

ますよ。

   

   昨年のこと、元朝日新聞社長の中江利忠氏(中江さんのご両親は間人の方で、あの松本重太郎氏の

血筋です)がご来店された時に片岡さんのことをお聞きしました。そして先日ご本人とコンタクトをとることが

でき、このブログでご紹介させていただきたいと申し出ましたところ、快くお許しを頂いたしだいです。

 

   嶋之亟さんは本名・蒲田基氏といいます。間人でお生まれになり、その後京都市内へ引っ越すので

すが、幼稚園、小学の長期休暇はずっと間人で過ごされていたそうです。ご自身のHPで「私の生い立ち」

のページを読んでいますと、昔懐かしい間人の風景が蘇る文章が並んでいます。で・・、こちらの本文その

ままを掲載させていただきます・・。

 

                      では・・、片岡嶋之亟氏HPより

                      「私の生い立ち」その1を・・。  

 

 <生誕の地、間人のこと>

生まれたのは京都府の北端、丹後の間人(たいざ、と読みます)という小さな港町で父の両親、つまり私の祖父母が営む「如月(きさらぎ)」という旅館です。しかし育ったのはそこではなく、当時住んでいたのは京都市内で、二才頃までは右京区の円町(えんまち)というところ、それから同じ右京区の竜安寺に移り、小学校の3年生までそこで暮らしました。初孫の私は祖父母に非常に可愛がられ、幼児期のかなりの時間を、丹後の間人で過ごしたようです。両親とも教師をしていて学期末の忙しい時期などには、父母の弟、妹、つまり私の叔父、叔母に交互に付き添ってもらって、頻繁に間人と京都の間を往復していたようです。父も母も兄弟姉妹が多く、父の弟が四人、妹が一人、母の弟が二人、妹が二人。九人の叔父、叔母にとって私は始めての甥であるため、「基ちゃん、基ちゃん」と随分可愛がってもらいました。
 そして右京区の御室小学校に通うようになってからも、夏休み、冬休み、春休みは、ほとんど最初から最後まで、間人の祖父母の家で過ごしていました。水の美しい間人の海で夏を過ごすことは、子供にとってこの上もなく楽しいことでした。後が浜(のちがはま)、長浜と並ぶ、間人の海水浴場の一つに、城島(しろしま)というところがありましたが、狭い入り江の波打ち際が小さな貝だけで出来ている、とても美しい浜辺で、子どもたちは泳ぎに飽きると、小さな貝殻を集めて遊んでいました。この城島は古くは浮嶋(うきしま)と呼ばれ、日本海を航行する船の格好の目印とされていたそうです。

 

 

   この文章を読んでいると、昭和20年代後半から昭和30年代中頃のような気がします。私は33年

生まれですのでギリギリなんとか記憶がある程度ですが・・。ただあの場所に芝居小屋があったことは

覚えています。しかし嶋之亟さんのルーツとなる「如月」という料理旅館ははっきりとしたシルエットが出て

こない・・。それで、きよこさん(おふくろ)に電話して聞いてみると、「おっとらしゃ!ほんまきゃ?」と。この

言葉は片岡仁左衛門さんの門弟だと分かった時のリアクションです(笑)。そして気を取り直したきよこさん

は、「あそこには20か21歳の時に観に行ったことがあるけど、あっ、その料理旅館もあった!」と思い出し

ていました。3年前に亡くなったかねさん(親父)が生きていればもっと詳しく聞けたのでしょうが、ちと残念

です・・・。

 

   確かにその頃は丹後ちりめん全盛期で、芸者の置屋もあり各料亭では取引先(大阪、京都など)の

接待で賑わっていたと聞いたことがあります。

 

   また「貝殻集め」、これもよくやりました。小学低学年の頃は夏休みの宿題で、この貝殻を集めた後、

小さな箱に綿を敷き詰め、その上に貝殻を綺麗に飾り学校に提出していました。ただ私の場合は城嶋

はなく後ヶ浜・・。私の実家はこの「後ヶ浜」のすぐ側で、夏場は海水パンツいっちょうで泳ぎに行ける距離

にあったのです。

 

 

                    では、この続きは明日へ・・・。

   皆さん、こんにちは。今年よりアメリカ大リーグへチャレンジするダルビッシュ有投手が23日にキャンプ

インしましたね。日米から注目されながらのスタートです。

 

 

   レンジャーズの地元テキサス州のフォートワース・スターテレグラム紙は、バッテリー組が顔を揃えた

中で、「ダルビッシュがこの日の圧倒的なスターだった」と指摘していました。多数のファンや報道陣に囲ま

れ、彼の後を100人以上が追っていたそうです。

 

   また大リーグ公式サイトは、ダルビッシュが記者会見で「楽しむために米国に来ているわけではない」と

語ったことを紹介し、また打撃練習で対戦したマイナー選手が変化球のキレに舌を巻いた様子なども詳しく

伝えていたそうですよ。

 

 

          それにしてもこの球団・・、社長があの鉄腕「ノーラン・ライアン」氏。

   ライアン社長は現役時代、通算324勝、5714奪三振(メジャー記録)、ノーヒット・ノーランを7度

達成など数々の金字塔を打ち立てました。そのライアン社長が自身と比べて、ダルビッシュの方が

優れていると絶賛しているとは・・・(驚)。

 

 

                今後のダルビッシュ有には要注目です!!

   皆さん、こんにちは。この憲法9条の改正問題は自民党の時代から議論をしようとしても頓挫していた

ややこしい?問題ですね。今の法では、国会で三分の二以上の賛成が必要で、その後国民投票で過半数

が賛成しないと変えられません。今の国会議員の中にはこの問題について本当に真剣に考えている方々は

どのくらいいるのだろうか・・・。

 

 

   石原都知事や橋下大阪市長は、まず国会で過半数の賛成があれば国民投票へと移行できる法整備

を訴えていますね。やはり三分の二はハードルが高すぎる・・・。

 

   そしてついに具体的な文言でこの憲法改正について唱えたのが維新の会代表の橋下氏です。

 

        彼は24日に、憲法9条改正についてこのようなロードマップを示しました。

   それは、憲法9条の改正の是非について、2年間に渡り国民的な議論を行ったうえで、国民投票に

かけて決定すべきとのことです。国会の承認前に国民投票をするという法改正が必要なことではありま

すが、皆さんはいかがお考えになりますか?

 

   私は彼のスタンスに何故か頷いてばかり。その理由は説得力があるから・・・。例えば、先ほどの意

見を述べた上で、言った言葉が、「結果が出れば国民はその方向で進む。自分の意見と異なる結果が出

ても従う。これが決定できる民主主義だ」・・です。言わはる通りでおますわ・・・。

 

 

   さて・・、自民党でもこれとよく似た「憲法改正原案」を作りましたね。安倍さんも同じ意見でしょうから、

自民党の党首となり、この橋下氏と連携しながら、そろそろ本領発揮して日本のリーダーとしてもう一度

チャレンジしていただけないだろうか・・・。民主党にも同じ考えを持った方々が埋もれているに違いありませ

ん・・。前原氏もその中の一人?だったかもしれませんが、皆さんご承知の通り記者会見で特定の新聞社

を排除するなどちょっと人間が小さいし・・・・あかんかな。ただ・、「そんな意見に賛同する国会議員の力で

もって日本をよくしていただきたい!!」と思うのは私だけでしょうか・・・。

   皆さん、こんにちは。全国各地が被災地のがれき受入れを拒否していますね。どうしてこんなこと

になってしまったのか・・・。受入れる市町村があるのは青森県、山形県、東京都、静岡県の4都県だ

け・・・。ご承知の通り東京都では石原都知事の「鶴の一声」で受入れを決めましたが、他の首長には

それだけの心意気がない・・。

 

 

   東日本大災害で多くのがれきが残されたままになっています。そのせいで復興がままならない・・・。

民主党政府・復興へのロードマップ・・そのものも非難されているのですが、何と言っても一番の足かせに

なっているのが、国(政府)の見解を国民がだれも信用していないことです。被災当時の菅首相以下

側近の対応のまずさが招いた結果が多々あり、国民全体の不信感がこの妨げとなっているのです。

それはウソをつき続けていたこと・・、そして誰も謝らない・・・、この一言ですね。だから国が「安心」

「安全」だと言っても、「都合の悪い情報は隠している」と国民は疑心暗鬼になっています。

 

 

   大阪市長の橋下氏も受入れを表明したいと思ってるのでしょうが、市会での反対派の意見が多数を

占めており、論破するのは結構しんどい・・・。石原都知事のように言えば、また独裁だとか、非難ごうごう

になることでしょうしね。

 

 

 

        さて、ではどうしたら国民が納得して受入れることが出来るのでしょうか・・?

 

   ここでも政治家のリーダーシップが必要となってきます。これと思った識者の意見だけを尊重して

除染などを行い、責任は俺が持つという強い意気込みで部下を動かして、そしてもう安全だからと、全

国に受入れをお願いすることです。身を賭す覚悟(政治生命を賭けて)で各担当者を指導し、その熱意

でもって大きな岩を動かす、そんなリーダーシップがないと無理なことなのです。

   今の政府(野田首相)は、消費税アップに政治生命を賭けている(どうせ口だけでしょうが)と言って

いますが、そんな事は後回しにしてこの問題を早く対処しないと予算計上は出来ていても宝の持ち腐れ

です。彼にはそこまでの覚悟を持ち、この問題を対処して欲しいのですが、やはり無理な注文なのか・・・。

 

 

             「誰か身を賭してこの大きな岩を動かして欲しいですね!!」

 

 

                          それはそうと・・、

   昨日は以前このブログで書いていた貴乃花親方が、本当にNGKで吉本新喜劇に出演して、大相撲

大阪場所のPRをしていました(笑)。NGKのお客さんは大喜びだったそうですよ。彼は叩かれながらもいろ

いろと大相撲人気を取り戻そうとチャレンジしたはります(笑)。伝統ある大相撲といっても人気商売・・。

これからも尽力することでしょう!!

   下の写真はNGKでの舞台上です。

252月

   皆さん、こんにちは。橋下市長は市役所内で職員からのメールを受け付けて市政に活かそうとして

います。これは目安箱的なものよりもタイムリーな情報が入ってきます。この中で「維新の会」議員の

振る舞いが悪いとのメールもあるのだとか・・・。

 

 

                         新聞によりますと・・・、

 

   大阪橋下市長は、市職員に対する市議からの全ての要望や口利き、応対した職員の感想などを

記録し、情報公開する制度作りを検討するよう、関係部局に指示した。自ら率いる地域政党「維新の会」

市議団に、市長人気の威を借りる「専横ぶり」が目立つとの批判があるためだ。

   維新市議団については、橋下市長に市職員から「議員の力を借りて詰問してくる」との苦情メールが

寄せられたという。橋下市長は「申し訳ない。代表として維新の会に伝えます。」と謝罪メールを返信した。

   職員のメールとしては、維新市議団について「一番程度が悪く、無理強いが強くなった」「内容を言わ

ずに呼びつけ、支持者も連れてきて詰問するなど、民間ではありえるんでしょうか?」などと訴えていた。

 

                         とあります・・・・。

 

   さて、どこまでが本当のことかは分かりませんが、このようなことを問題にするのが反橋下氏の狙い・・。

 

   要するに、橋下氏に喧嘩を売っても勝てる見込みがないことを皆が知っているのです。ですから議員に

なりたてのホヤホヤをターゲットにする戦法に切り替えた?のです・・。

 

           何故、私がそんなことを言うのか・・、それはこの一文で分かるのです。

 

   それは「一番程度が悪く、無理強いが多くなった」のことなのです。人は漠然と相手を攻撃する時に

この”一番”というフレーズを使いたがります。あと”最低”だとかもそうですね。実は・・・、こういう姑息な

手段で攻撃された経験が私にはあるのです。それはホテル時代のことなのですが、私に直接文句を言

えないあほんだらが部下のことを会議で言っていたらしい。しかも私が組合執行部の会議で不在の時に

・・・。どうせこんな輩の仕業なのでしょう・・・。

 

                     おっと・・、話しが逸れてもうた・・。

 

 

   しかしよく考えてみると議員になりたての者は手探りで相手に接します。いきなり強権発動など

できっこありません。ターゲットをこの新米議員に絞って攻撃してきたのでしょう・・。

 

 

   しかし、橋下市長はこの問題に一旦は頭を下げて調べるという手法をとっています。これは懸命な

やり方ですね。その議員と職員からヒアリングをして、そして是々非々で議員を育てる・・。

 

   

   「維新の会」の皆さんには、この時期、こんな中傷が増えていくことを肝に命じ職務にあたって

下さい!

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